| 高校1年「東日本大震災に学ぶ」講演会 |
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5月13日(金)LHRで防災に関する講演会を開催しました。講師は高知大学農学部大年邦雄教授です。前半では、今回の東日本大震災は想定規模を上回る規格外のものと分析され、被災地を調査された時の貴重な写真もたくさん見せていただきました。後半では、南海地震が起こった時にすぐに救助、救援は来ないので、「自助」「共助」が重要だと、具体的な話をしていただきました。
大年先生が強調された地域の助け合いは生徒たちの心にしっかり残ったようです。最後には生徒たちが先生にいろいろな質問をしました。「高知市ではどこまで津波が押し寄せてくるのか」、「伊方原発は大丈夫だろうか」、「地震があったらまず何をすべきか」、「普段からしておく備えは何か」などです。みんな真剣に南海地震の備えについて考えた一日となりました。以下は生徒たちの感想の一部です。 |
| 生徒の感想 |
(1) 今日の講演を聴いて、まず印象に残ったことは今回の震災の恐ろしさだった。震災域の広さ、揺れの継続時間の長さがものすごく、それが原因でこのような強い揺れ、津波が発生した。3、4分もの揺れが高知でも起こると思うとすごく怖い。また、津波で自分の家が流される日が来ると思うとぞっとする。
今、被災地では医者、職業、住居が足りないらしい。復興には10年かかると聞いている。自分は将来医者になりたいと思っている。自分が医者になって働き始めるときには、もう医者は足りているかもしれないが、南海大地震が起こったときに自分が被災者のために働くことができたらいいなと思う。だから自分は南海大地震の備えとして勉強をしっかりすることもしたい。
今、自分がしなければならない備えは、特に備蓄品の用意だと思う。僕の家は地震への意識が薄いので、そういうものが全くない。また家具の転倒防止もそうだ。寝室にタンスがあるが固定されていない。自分はまず地震への意識を高め、防災グッズを備える必要があると思う。そして地震が起こったときの対応の仕方など冷静に行動できるように、しっかり学んでおきたいと思った。
(2) 今回の東日本大震災で被災地での課題は、これからどうやって生活していくのか、医療、職業、教育など復興に向けてのさまざまな状況をすべての国民や各種の団体で支えて生きていくことだと思いました。
次に、南海大震災が起こったら、高知の人はどうやって復興していくことができるのか、真剣に考えながらお話を聞いていました。もしその時私が高知にいなかったら、必ず帰ってくると思います。絶対にみんなを助ける、一人でも多くの人に早く元気になってほしいという思いでできる限りのボランティアをしたいと思います。
今回の地震でずっとニュースを見ていて、村全体で協力しあって復興していく様子などを見て、毎回涙が出てきて、いつか高知でもこんな状況になって復興に何年もかかると思うとすごく切なくなります。大事なもの、大好きなものが一瞬にしてなくなってしまう、
映像が流れるたびに高知がこんな状況になったら誰が助けてくれるだろうか…。
本当に人と人とのつながりは大切だと思いました。今回の講演では本当に大切なことを考えさせられました。
(3) 今回起きた東日本大震災によって、日本はもう一度地震の対策を強化していかないといけないと思った。自分たちが被災していても、みんなで協力をして復興する力や地域の関わりも大事と思う。東日本大震災は、阪神大震災に比べると地震の災害よりも津波の方が大きかったので、高知県も何回大震災では津波によって、高知市がなくなってしまうのではないかと心配です。
私の住む地域は、川に近いので、最近家族とは「山のほうへ逃げよう」という話をしたけれど、今日の講演の話をすると、「車に非常食でも入れる」ことになりました。30年の間に60%の確率で起こることが予想されている南海大震災。例えば、雨の予想が60%だとほとんど降るので、そう考えると、今日、明日でもおかしくないと思いました。
被災した岩手・宮城・福島の人たち以外に関東の方でも被害があり、日本だけでなく世界に大きな影響を与えたと思います。このことを教訓として、日本はこれからもっと防災の意識を高めていき、そして今後の復興に日本の力を発揮してもらいたいです。いろんな国々の支援もあり、きっと今まで以上に住みやすい町になっていくと思います。“私たちにできること”。
これはやはり、この震災について“考え”、“自分たちの身に起きたときは何をするべきか“を話し合うことだと思いました。同じ日本で起きたことなので、ひとごとでは終わらせずに一つでも二つでもプラスにしてきたいです。
(4) 防波堤や高台など、いろいろな地震対策がしてあったにもかかわらず、東日本大震災のときにはそれらがほとんど意味をなさなかったことに地震の脅威を感じました。普段から地震の対策をしてあったのに本当の地震のときにそれらが役に立たないのならいったい何のための地震対策なのだろう、と思いました。
今朝もニュースで東日本大震災の特番をやっていましたが、被災地は復興にはまだまだ遠い感じで、住民の人たちも元気がありませんでした。本当に2か月もたったのか、と思いました。まだ仮設住宅さえ足りていない、これから供給するみたいで、被災した人の心の負担も大きいだろうと思いました。 また、とても印象に残ったお話は、日本では東の地震があったあとに西で地震が起きるということです。
過去のデータを見せていただいたとき、早くて何時間、遅くて何ヶ月の差でたいていの場合は、東のあとに西の地震が起きていました。今回の東日本大震災ではまだ、西の地震は起こっていません。少し怖くなりました。「地震が起こったときにできること」で3つの「えん」というものがありました。援(援助)、円(現金)、縁(えにし)だそうです。
さいごのえんは普段から近所との付き合いを深めておく、ということだそうです。確かに、普段から近所づきあいをしておけば、震災のとき、助けたり、助けられたりできそうです。また、自分の身に震災が起こったときは「自助・公助・共助」がたいせつなのだそうです。まず、自分の安全を確保し、それから周囲の人々を助ける。
最初は少し自己中心的な考え方に思えたけど、よく考えれば、まず自分が助からなければほかの人を助けるなんてできません。つまり、自分が助かれば、ほかの人を助けることができます。いつ起こるかわからない震災だけど、役に立たないかもしれないけど、そのときのために準備はしておきたいです。
(5) 災害の被害というものは、いくら写真を見ようが新聞を見ようがテレビの映像を見ようが分からないものだと思います。(略)ですから、実際に現地に出向きその場所の声を聞いたであろう先生の声はテレビよりも何よりも生の物だってと思います。
さて、最近の携帯電話には緊急地震速報がくっついているという話があったと記憶していますが、自分は携帯電話に実際にそれが来たことがありました。二、三回くらいでしたが、最初に来たときは本屋さんでした。本棚の周りをうろついていたら、突然まわりで一斉に本屋さんには似つかわしくない、騒々しい様々な音が響き渡りました。
すぐに自分のも鳴りました。バイブでしたが。そのとき自分は緊急地震速報のことも、自分の携帯電話にそんな機能が付いていることも知らなかったので、いったい何が起こったのだと、とてつもなく吃驚してしまったのを覚えています。でもすぐにディスプレイにあった「緊急地震速報」の文字でこれがどのような状況なのか、理解しましたが。それから数回それがきたことがありました。すべて春休み中の出来事です。
最初のほうこそ不安になりましたが、すぐに慣れてしまって「ああ、また来たのか」くらいにしか思わなくなってしまっていました。何故なら実際に揺れたことなど一度もなかったからです。人間の緊急事態に対する感情は簡単に麻痺してしまうということですよね?恐ろしいです。(略) |
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